モルモット

長い夢だったが、この部分しか思い出せなかった。
それほど心に残っていたのか、はたまた起きる直前だったからか。





いつか見たような、都会の狭い街を歩いている。

道路に黒いミニバンが停まっていた。
信号を待っているのかと思ったが、前後に車はない。
長く続く道の真ん中に1台だけ停まったその車は
とても異様に見えた。


歩いてゆくにつれ、車に近付く。
すると、左の前輪の後ろに何か薄茶色の塊が見えた。
私は咄嗟にそれを「生き物だ」と判断した。
私の心の中では常に、車と生き物の死は隣に座っているからだ。


私は車に轢かれた動物の死体を見るのが苦手だ。
早く助けないとあの小さな生き物が轢き殺されてしまう。
そう思って走り出した。
動物を助けるためではなく、私が死体を見ないようにするためだ。


車の傍まで来た。下を覗き込む。
私が見つけた塊の正体は、モルモットだった。
おそらく猫だろうと思っていたので驚いた。

モルモットの抱き方なんて全く分からなかったが
とりあえず抱き上げた。
車から少し離れて観察する。


このモルモット、妙に軽い。
暖かさも、私の体温の半分くらいだ。
そして、全然動かない。




「○○○○!!!」



私は驚いた。
手の中の生き物が急に喋りだしたからだ。

それと同時に私は気付いた。
このモルモットは玩具だった。
たまに見かける「人の声を録音して喋るぬいぐるみ」
それと同じ声をしていた。



「~~~~!!!」 「○○○○○!!!」


モルモットは喋り続ける。
しかし、なんと言っているのか全くわからなかった。
ほとんど機械のノイズだ。
それなのに、何かをまくし立てるように
猛然と怒鳴り続けていた。


私は必死に助けた生き物が物であったことに対して、安堵と落胆がないまぜになったような気持ちでいた。



おもちゃなら、電源を切って黙らせれば良い。
そう思ってモルモットを裏返した。

目論見通り、お腹に切れ目があった。
その中の機械を思い浮かべて開いてみる。


すると、そこにあったのは機械ではなく
肉だった。



その瞬間、なぜだか私は理性を失ってしまった。
目は見えているけれど、何も考えることができなくなってしまったのだ。


私は吸い寄せられるように、切れ目に顔を近付けた。

そして、その肉を食べてしまった。


動物が動物の形を保ったままの状態で
肉を食べたことはなかった。
味は、焼いた肉のようだったと思う。
一心不乱に齧り付き、嚥下を繰り返した。


途中、脳味噌のような食感の部分があった。
実際に脳味噌を食べたことはないが、確かに脳味噌だと思った。
不快な食感で、段々と理性が戻ってきた。


完全に理性が戻った時には、全ての肉を食べ終えていた。
肉の下に、機械のようなものが見えた。


モルモットはもう喋らなくなっていた。
だから、機械を触る理由もなくなった。

最初はこれを黙らせたかったはずなのに、
黙ってしまったことに焦りを感じた。
自分がこれを殺したような心地がしたからだろうか。




ふと我に返って、まだミニバンが停まっているので運転手に文句を言おうと思った。

「どうしてこんなところに停まっているんだ」
「お前がここに車を停めていたから嫌な罪悪感を味わっているんだ」
そう言ってやろうと思った。


車を覗いた。
助手席に座っているのは、小さな女の子だった。

子供には文句を言っても仕方ない。
そう思って車内全体を見渡してみる。

しかし、誰も乗っていないのだ。
運転席にも、後部座席にも。


やむを得ず女の子に何か聞こうとして向き直って
私は絶句した。

彼女の肌が屍肉のように蒼かったからだ。
西洋風の言い方をすれば、"ゾンビ"のように。

よく見たらこの車は左ハンドルだった。
彼女はハンドルを握ったまま、上を向いて、
死人のように目を見開いて、一点を見つめて黙っていた。

「ああ、またか」と思った。
私の夢の中では、こういうことがよくある。


車から離れた。
もうこのミニバンからは何も得ることはできない。




また、街を歩いた。
おそらく目的地であった場所で止まる。

ホールのロビーのようなところだ。
中から出てきた従業員と私は、どうやら顔見知りらしい。

私は手に持っているモルモットを
「落ちていた」と言ってその従業員に渡した。

すると、「そうそう、これを使う予定だったんです」といった反応をして、中へ持って行った。





「あれはただの玩具。機械の電池を入れ替えれば、また動くようになる」

自分にそう言い訳をして、私も中へ入った。





ここで目が覚めた。